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神戸地方裁判所 昭和60年(行ウ)40号 判決

原告

岸中宗生

右訴訟代理人弁護士

丹治初彦

麻田光広

被告

三木市長大原義治

右訴訟代理人弁護士

池上徹

主文

一  被告が原告に対して昭和六〇年六月二九日にした同年七月三一日付免職処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は昭和六〇年四月一日、三木市職員(労務員)として採用され、同日から同市生活部環境課(清掃センター)に清掃作業員として勤務していたところ、条件附採用期間中の同年六月二九日、被告から地方公務員法二二条一項(条件附採用)の規定による身分において身体の故障のため職務遂行に支障があるとの理由で、同年七月三一日をもって免職する旨の処分を受けた(以下「本件処分」という。)。

(二)  本件処分は、原告が同年五月三〇日の勤務時間中に「てんかん」の発作を起こしたことをもって、身体の故障により清掃作業員としての職務遂行に支障があると判断されたことによるものである。

2  本件処分の違法性

(一) 条件附採用期間の職員は法律の定める事由によらず免職することができる建前になっているが、これらの職員も採用試験に合格し正式の職員となることを当然の前提として現に給与を受け就労している以上、正式採用の職員と区別すべき合理的理由はなく、免職処分には任命権者の自由裁量はなく、その判断は覊束裁量に属する。

仮に任命権者にある程度の裁量権が与えられているとしても、純然たる自由裁量に属するものと解すべきではなく、「公平の原則」から言っても、免職処分に付するには合理的、かつ、客観的であるとみなされる不適格事由が確定されなければならない。

(二) 原告の疾患は、同五八年三月一八日発生した交通事故による受傷を原因とする外傷性てんかんであり、その程度は極めて軽度である。すなわち、症状としての発作は右手がしびれたり、あるいは、指がけいれんするといった単純部分発作が主で、意識の消失を伴う大発作は同六〇年五月三〇日の一度だけである。また、抗てんかん剤の服用によって発作は消失しており、今後も定期的に服薬することによって発作は完全に予防され、かつ加齢と共に自然治癒する蓋然性が高く、高所の作業や常時水と接する作業は避けることが望ましいものの、一般の清掃作業に従事する限り職務遂行に支障を生ずるものではないことが明白である。

(三) 被告は、原告が今後職務遂行が可能であるか否かを判断するにあたり、加古川市民病院の医師野村史郎に対し、三木市担当職員をして、同六〇年六月三日面会させ、原告の症状等について意見を求めさせた。その結果、原告の症状は「脳に穴があり、常に引きつけを起こす可能性が強い」、「今後五年程続く様子」である等その後の調査により誤りが多いことが判明した報告がされたにもかかわらず、被告は、右報告結果が正確であることを前提とし、これを重要な判断の基礎として本件処分を決定した。従って、被告が「職務遂行に支障がある」と判断するに至った過程には重大な瑕疵がある。

(四) 仮に、被告が主張するように、清掃作業に危険が伴うとするならば、採用後の配置転換が可能なのであるから、より安全な職場に原告を配置転換することによって、被告は本件処分を避けるべきである。

3  よって、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

2  同2(一)は争う。

地方公務員法二二条は、「条件附採用」の期間を設けて正式職員に対するよりも比較的幅の広い裁量権を任命権者に許容し、この期間に職員の職務に対する心身等全般的適性が吟味され、良好と判断してはじめて正式採用するものである。

原告は条件附採用の当初から「てんかん」の持病を秘匿していたが、この持病は職務の遂行上、自他への加害の危険を伴うものであり、現に条件附採用期間中にその発症をみたのであるから、被告が直ちにこれを確認して検討した結果、任用の継続は適当でないとして本件処分に及んだのは、その裁量権の行使として当然の措置である。

3  同2(二)のうち、原告が同六〇年五月三〇日の勤務時間中に「てんかん」の発作を起こしたこと、原告がその主張の日に交通事故で受傷したことは認めるが、原告の「てんかん」が右受傷を原因とする外傷性てんかんであることは不知、その余は争う。

清掃業務は、車の運転、路上等交通頻繁な場所でのごみ収集作業、清掃工場での高所作業を伴う現場作業など危険性の高い仕事場であるし、投薬によって発作が抑制できるとしても、本人が規則正しく服用を続けるかどうかも疑問であることからすれば、原告の「てんかん」症状は、自他への加害の危険を伴い職務の遂行に支障があるものと言わざるをえない。

4  同2(三)のうち、被告が誤った報告に基づいて本件処分の決定をしたとの点は否認し、その判断過程に重大な瑕疵があるとの点は争う。

5  同2(四)は争う。

条件附採用期間中に職員の身体の故障が判明した場合、その職員を配置転換してまで採用を継続することは求められていない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(一)、(二)の事実については当事者間に争いがない。

二  地方公務員法二二条は、地方公務員の採用につき、いわゆる条件附採用制度をとることとしているが、右制度の趣旨、目的は、職員の採用にあたり行われる競争試験がなお、職務遂行能力を完全に実証するとは言い難いことから、競争試験により採用された職員の中に適格性を欠く者があるときは、その排除を容易にし、もって、職員の採用を能力の実証に基づいて行うとの成績主義(同法一五条)を貫徹しようとするところにある。従って、条件附採用期間中の職員は、正式採用に至る過程にあるものといえる。これらのことから、条件附採用期間中の職員に対する免職処分については、任命権者に一定範囲の裁量権が認められるものの、条件附採用期間中の職員といえども、既に競争試験を経て、現に給与を受け、正式採用されることに対する期待を有するものであるから、右裁量権は純然たる自由裁量ではなく、その判断が合理性をもつものとして許容される限度を越えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤った違法なものというべきである。

三  右を前提として、本件処分について判断する。

1  原告の「てんかん」症状について

(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

原告の「てんかん」は、昭和五八年三月一八日の交通事故による頭部外傷を原因とする外傷性てんかんで、これは一般に真性てんかんよりも予後が良く、加齢とともに自然治癒する傾向にある。原告にはこれまで全身のけいれん及び意識の消失を伴う大発作は同五九年に一回と、同六〇年五月三〇日の分の二回発症しただけで、その後は出現していない。このうち第一回目の分は、抗てんかん剤の服用を怠ったためであり、第二回目の分は抗てんかん剤を減量中に発症したものである。

そのほか、右手がしびれたり、指がけいれんする単純部分発作(但し数分以内に消失する。)は、同五八年一〇月に始まって同六一年七月を最後に約一四回起こっているが、その頻度は、原告が民間会社で三交替勤務についていた同五九年一二月から同六〇年二月までの期間が最も多く月三回程度であり、その後は半年に一回程度である。

原告は左側頭部に出血吸収後の瘢痕があり、左脳室が拡大した状態で症状固定しているものの、脳波は正常であり、また異常部分が側頭葉からはずれていることから予後は良好であるし、また、原告の大発作は投薬により容易に抑制できる。

同六一年七月八日から原告の治療及び指導に当っている国立宇多野療養所の精神科医長河合逸雄は、その治療経過から見て、原告については今後単純部分発作は絶対に出現しないと断定することはできないが、大発作はまず出現しないと判断している。

更に、原告の「てんかん」は、必ず単純部分発作から始まり、それが全般化して二次性の大発作に至るので危険の予知が可能であり、また、原告には発作間欠期の精神能力低下等の異常もなく、投薬による副作用も出ていないから、高所作業、火気又は水のそばの作業等特に危険な業務を除けば、通常勤務が可能である。

以上の認定の事実からすると、原告の「てんかん」の症状は極めて軽度であり、特に危険な作業を避ける限り、その発作が事故につながる可能性はほとんどないものということができる。

2  原告の職務内容について

(証拠略)によると、原告の所属する環境課の業務は収集、焼却処理、埋立処理及びし尿処理の四部門に分れているが、原告は収集部門に配置されたこと、なお、原告のように収集部門に配置された者は、一定期間経過後に必ず他の部門に配置される仕組みにはなっていないこと、原告が実際に従事していた作業はごみ収集であり、その内容は原則として三人一組になり、ごみ収集車で市内の各ごみステーションを回ってごみを収集し、これを清掃センターまで搬送するものであるが、原告は運転業務は行っていなかったことが認められる。

3  ところで、被告は、清掃作業には危険が伴う旨主張し、証人安福治夫は、ごみの収集について、交差点等交通頻繁な場所での収集に交通事故の危険が伴うこと、ごみの積込み時に収集車両のテールパッカーにはさまれたり、回転板に巻込まれる危険があること、ごみ焼却工場では収集してきたごみをピットに投入する際の誘導、機械部分にひっかかったごみの除去などの危険作業がある旨証言する。しかしながら(証拠略)によれば、清掃作業中の事故原因は、民間委託の場合に多く、人員配置の少なさ、物的設備の不十分さに根ざす部分があること、特に死亡例の最も多いテールパッカーにはさまれる事故は、パッカーの落下を防ぐ安全装置が二重になっておらず、また、逆転装置がついていない車両について起きていることが認められるし、(証拠略)によれば、業務災害防止のために、ごみのピット投入の際の事故防止については、ピット前に停止線を設け、残ったごみの始末はそこまで戻って行うこと、その他物的施設の充実の必要性が指摘されるとともに、安全管理面の指導の徹底も叫ばれており、これらの改善によって危険は大幅に緩和されるものであることが認められる。

そして、(人証略)によれば、三木市においても、ごみ収集のために使用する車両を、同六一年四月から逆転装置のないものの購入を停止し、これを備えたものを購入していくことに変更し、交差点内にあるごみステーションについては漸次撤去していくなど、安全面での改善がされていること、なお、ごみ収集作業は、特に危険な作業として扱われておらず、現に同作業に五〇代の女性、足に障害を持つ人、腰痛のある人も従事していることが認められる。

以上の事実を総合すると、前記認定の原告の症状に照らして原告の従事するごみ収集の作業が特に危険な業務ということはできないものというべきである。

また、被告は、原告の規則正しい服薬の継続についても疑問であるとするが、既に認定した通り原告の症状は極めて軽度であるし、(人証略)によれば、原告は前記河合医師の治療のもとに定期的な生活指導を受けているため、自己管理は比較的容易であると認められるし、加えて(人証略)によれば、原告は仕事熱心でまじめであるというのであるから、原告の規則正しい服薬は十分期待できるところである。そして、既に認定した通り大発作については同六〇年五月三〇日後にその出現がなく、単純部分発作についても同年八月後は発症していないということは、原告の症状が極めて軽度であることとともに、原告が規則正しく服薬していることを裏付けるものである。従って、被告の主張は採用することはできず、原告の職務遂行に支障があるとはいえない。

四  そうすると、原告には身体の故障のため職務の遂行に支障があるとはいえないのに、支障が存在するとしてされた本件処分は、処分理由を欠くものであり、裁量権を誤った違法な処分として取消を免れない。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川敏男 裁判官 東修三 裁判官 松井千鶴子)

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